論語を楽しむ

論語を楽しみ、良識を豊かにするブログです。

第8回 学而第一(5) 千乗の国を治むるには

学而第一(5)を鑑賞します。

本ブログを初めて読まれる方は、第1回、第2回を先に読んで頂ければと思います。

 

本章は、国を治める秘訣(統治の心得)が語られています。

民主主義、つまり、主権在民の社会においては、統治者を選ぶのは有権者です。

したがって、その秘訣(心得)は、今の私たちにとっては、「統治者を選ぶ際の有権者の心得」としてみることができます。

 

今回は、本章の鑑賞を通して、「統治者の心得/有権者の心得」について考え、「論語の果実」を見いだし、味わい、楽しみます。一緒に楽しんで頂けたら幸です。

 

学而第一(5)

 

書き下し文:『論語 (漢文叢書)』WIKISOURCE

子曰く、千乘の國を道(をさ)むるには、事を敬(つゝし)みて信、用を節して人を愛し、民を使ふに時を以(もっ)てす。

 

訳:下村湖人『現代訳論語』青空文庫

 先師がいわれた。――

「千乗の国を治める秘訣が三つある。即ち、国政の一つ一つとまじめに取組んで民の信を得ること、出来るだけ国費を節約して民を愛すること、そして、民に労役を課する場合には、農事の妨げにならない季節を選ぶこと、これである。」

 

○ 千乘の国==侯国の意。乘は兵車で、天子は兵車萬台、諸侯は千台、大夫は百台を動かすという意味で、それぞれ萬乘の国、千乘の国、百乘の国というのである。孔子が特に千乘の国について語ったのは、その当時の中国が諸侯の封建時代だったからである。

 

はじめに、下村の訳を鑑賞します。

孔子が国を治める秘訣を三つ語っています。

国を治める秘訣と言っても、統治には様々な側面(View)があります。

孔子が本章で採り上げたのは、「民とどう向き合うか」という側面です。

孔子らしい着眼です。

そして、「民の信頼を得る、国費の使い道は民の生活に配慮する、労役を課す場合は民の生活に配慮する」を心がけること、と説きます。

孔子が説く秘訣を一言で言えば、「民のための政治をせよ」ということです。

 

孔子が生きた2500年前の中国は身分制の時代です。

統治者は、民を権力で従わせることができた時代です。

そのような時代に、孔子は、敢えて、「統治者は(立場の弱い)民のための政治をせよ」と説いていたのです。

「仁」を善き社会の根本とみなす孔子らしい説と言えます。

 

ここからは主観読みで鑑賞します。

本ブログの趣旨に従って「論語の果肉」を取り出して味わいます。

そして、実践に結びつく教訓を見いだします。

 

民のための政治と憲法

 

「民のための政治」が政治の本質なのであれば、民が自ら政治を行えばよいではないか、という考えに至ります。そうした考え方から民主主義が始まりました。

しかし、現実的には、民全員が直接、政治に携わることはできません。

したがって、政治を託す人を選ぶことになります。

政治を託す、つまり、統治を託すということは権力を託すということですから、権力の乱用を防ぐための方策が合わせて必要です。

その方策の典型が憲法です。

 

日本国憲法には次のような条文があります。

 

第二十五条〔生存権及び国民生活の社会的進歩向上に努める国の義務〕

すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

国は、すべての生活部面について、社会福祉社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

 

本条の趣旨は「日本国の統治に携わる者は国民の生活に配慮した統治をしなさい」ということです。

日本国憲法には、本章で孔子が説く統治の秘訣の本質が織り込まれていると言えます。

 

善き統治の根本:善き有権者

 

孔子の時代には、民は統治者を選ぶことはできませんでした。

現代の民主主義の社会では、民は統治者を選ぶことができます。

 

日本では、民は直接首相を選べませんが、首相を選ぶ国会議員を選ぶことができます。

国会議員は有権者の意思によって選ばれますから、形式的には、国会議員の考え方や行動は、有権者の意思が反映されたものとみなされます。

したがって、もし、有権者の意思に反した国会議員の言行が見られる場合は、有権者は、自分たちの意思に反している旨の意思表示をする必要があります。

選挙の際には、より自分たちの意思に沿った政治家を国会議員に選ぶ必要があります。

民主主義においては、統治の根本にあるのは有権者です。

善い統治の根本は善い有権者にあります。

 

「君子は本を務む。本立ちて道生ず(学而第一(2))」という教訓があります。

それを本章に適用すれば、「民主主義の国において、善い国作りをしたいのなら、その根本である善い有権者作りをしなさい。善い有権者が多くなれば、自ずと国は善くなるでしょう。」という教訓になります。

 

その教訓に沿った取り組みのひとつに主権者教育があります。

欧州には、主権者教育が充実した国が多くあることが知られています。

その国のひとつにデンマークがあります。

デンマークは世界幸福度ランキングが高いことでも知られています。

2021年10月20日に、デンマーク大使館が次のようなツイートをしています。

デンマークにおける総選挙の投票率、80%を下回ったことがありません。子どもの頃から自分の意見を伝えお互いに議論して物事を決めていく民主主義にみんなが参加することで未来のデンマークという国・社会を作ることにつながると考えられています。」

 

ちなみに、日本では、令和3年10月に行われた第49回衆議院議員総選挙投票率は、55.93%でした

日本の有権者の政治に対する意識の低さが数字に示されています。

まずは、有権者の良識ある行動として、投票に行きましょう。

 

では、どのような政治家に投票するのが、有権者の良識と言えるのでしょうか?

本章で孔子が説く「秘訣」の中に、その良識を見いだすことができます。

 

善き統治者の心得と善き有権者の心得(良識)

 

本章の教訓を今の私たちに合うよう表現し直してみましょう。

 

教訓 国の統治者の心得

1. 国政に真摯に取り組んで民の信頼を得ること

2. 国費は民の生活のために使うことを最優先にすること

3. 税の負担は民の生活に配慮して決めること

 

それを、国会議員を選ぶ際の有権者の心得として表現してみましょう。

 

教訓 国会議員を選ぶ際の有権者の心得

1. 信頼できる政治家を選ぶこと

2. 国費を民の生活のために使うことを最優先にする政治家を選ぶこと

3. 税の負担は民の生活に配慮して決める政治家を選ぶこと

 

それぞれについて掘り下げてみましょう。

 

国会議員を選ぶ際の心得1:信頼できる政治家を選ぶ

 

孔子は、人間関係において、要素道徳「信」を特に大切にします。

本章でも、まず「信頼」を挙げています。

そして、その判断材料として「まじめに/真摯に」を採り上げています。

「まじめに/真摯に」は、判断材料としては抽象的ですので、国会議員を選ぶ際の心得として実際に役立つよう、より具体的な条件を採用したいと思います。

「言っていること(言)」と「行っていること(行)」に注目することにします。

それを、「良識」と「理」という視点から組み合わせれば、「信頼できる人物/信頼できない人物、の判断材料」にできます。

ここでは「信頼できない人物と判断する材料」としてまとめてみましょう。

 

信頼できない人物の言行

・言っていること/行っていることの意味が良識を欠くような人物

・言っていること/行っていることの意味が理に適っていないような人物

・行っていることが言ったことと一致していないような人物

 

国会議員には政権与党の国会議員と野党の国会議員がいます。

政権与党の国会議員は行政、立法などを担い、野党の国会議員は行政の監視、立法、特に、与党の法案に対する審議者の役割などを担います。

それぞれの役割における「言行」を観ることで、その国会議員が信頼できるかどうかを判断することができます。

今の日本には、平気でウソをつく国会議員もいます。

政治に関心を持てば、信頼できない国会議員を容易に見つけることができます。

 

本章の教訓に従えば、普段から政治に関心を持ち、政治家の言行に注目しておく必要があります。そして、もし、信頼できない政治家がいるようなら、そのような政治家を国会議員に選んではなりません。

それが有権者の良識です。

 

なお、日本の政治は政党政治なので、政治家は政党の方針に従って行動します。

その意味では、信頼できない政治家が所属する政党の政治家を国会議員に選んではなりません、という方が現実的かもしれません。

そのことも念頭に置きつつ、ここでは、政治家個人に焦点を当てることにします。

 

国会議員を選ぶ際の心得2:国費を民の生活のために使うことを最優先にする政治家を選ぶ

 

本章の二つ目の孔子の教訓は「出来るだけ国費を節約して民を愛すること」ですが、それを、そのまま今の日本に当てはめることはできません。

今の私たちにとって意義のある本質を取り出してみましょう。

そうすると、「国の経済運営」における「出費についての教訓」という本質を取り出すことができます。

では、「出費についての教訓」という観点から考察してみましょう。

2,500年前の中国に限らず、国力(国の生産力など)が小さい場合は、お金の信用の背景が脆弱ですので、むやみにお金を製造して使うことはできません。

したがって、国の出費(お金の供給)は、国力に応じた小さいものになります。

民の生活のための出費を優先させれば、自ずとその他の出費は節約せざるをえません。

それが、二つ目の教訓の主旨と考えることができます。

重要なのは、節約ではなく、民のための出費を優先させることだと捉えることができます。

 

国費の使い方について、孔子の考えがよく分かる章がありますので紹介します。

 

顔淵第十二(7)

書き下し文:『論語 (漢文叢書)』WIKISOURCE

子貢(しこう)政を問ふ。

子曰く、食を足し兵を足し、民は之れに信にす。

子貢曰く、必ず已むを得ずして去らば、斯(こ)の三者に於いて何をか先(さきん)ぜん。

曰く、兵を去らん。

子貢曰く、必ず已むを得ずして去らば、斯の二者に於いて何をか先ぜん。

曰く、食を去らん。古(いにしえ)より皆死有り、民は信無くんば立たず。

 

訳:下村湖人『現代訳論語』青空文庫

子貢が政治の要諦についてたずねた。

先師はこたえられた。――

「食糧をゆたかにして国庫の充実をはかること、軍備を完成すること、国民をして政治を信頼せしめること、この三つであろう。」

子貢が更にたずねた。――

「その三つのうち、やむなくいずれか一つを断念しなければならないとしますと、先ずどれをやめたらよろしゅうございましょうか。」

先師――

「むろん軍備だ。」

子貢がさらにたずねた。

「あとの二つのうち、やむなくその一つを断念しなければならないとしますと?」

先師――

「食糧だ。国庫が窮乏しては為政者が困るだろうが、昔から人間は早晩死ぬものときまっている。国民に信を失うぐらいなら、饑えて死ぬ方がいいのだ。信がなくては、政治の根本が立たないのだから。」

 

孔子は政治の要諦の第一に「信」を挙げています。本章と同じです。

次に挙げるのが「食を満たすこと」です。

国費の使い道について、「食をみたすこと」を「軍備を満たすこと」よりも、優先しなさいと説いています。

この教訓も、本章の教訓も、その本質は、「国費を民の生活のために使うことを最優先にしなさい」ということです。

 

今の日本は、経済格差が拡がり、食事を満足にとれない子供達が増えています。

その子供達を救う目的で「子ども食堂」が全国に拡がっています。

この事実は、民、特に、子供達が経済的な理由で食事を満足にとれていないという状況が拡がっているということを示しています。

子ども食堂は政府が国費で運営しているものではありません。

ボランティアの善意によって運営されています。

一方で、政府は、軍事費の予算を増やしているという事実があります。

「食」よりも「兵」を満たすことを優先するという、孔子の教訓の真逆の事例を、今の日本に見ることができます。

 

本章の教訓に従えば、有権者は統治者(政府)の予算案について関心を寄せて、国費の使い道の優先度を見極める必要があります。そして、もし、民の生活のために国費を使うことを優先しない政治家が(与党であれ、野党であれ)いるようなら、そのような政治家を国会議員に選んではなりません。

それが有権者の良識です。

 

国会議員を選ぶ際の心得3:税の負担は民の生活に配慮して決める政治家を選ぶ

 

本章の三つ目の孔子の教訓は「民に労役を課する場合には、農事の妨げにならない季節を選ぶこと」ですが、それも、そのまま今の日本に当てはめることはできません。

「労役を課す」は、今の私たちの時代で言えば「税を課す」に相当しますので、税の負担についての教訓であるとみなすことができます。

「税の負担は、民の生活に配慮して決めなさい」ということです。

 

NHKが次のニュースを報じています。(2023.08.31)

「ヨーロッパ最大の経済大国、ドイツのショルツ政権は30日、経済対策として今後数年間で、日本円にしておよそ5兆円規模の減税を行うことを決めました。

ドイツはロシアのウクライナ侵攻の影響によるエネルギー価格の高騰などで消費が落ち込むなどして、景気が低迷していて政府に対策を求める声が高まっています。」

 

景気が落ち込み、民の生活が苦しくなったら減税するのは良識ある政策です。

 

日本では経済格差が拡がり、生活が苦しい民が増えています。

ところが、減税どころか、民の生活に大きく影響する税の増税を仄めかす政治家、その増税の正当性を主張する政治家がみられます。

ここでも、孔子の教訓の真逆の事例を、今の日本に見ることができます。

 

本章の教訓に従えば、有権者は統治者(政府)の「税に関する政策」について関心を寄せる必要があります。そして、もし、民の生活に配慮せずに増税を行おうとする政治家が(与党であれ、野党であれ)いるようなら、そのような政治家を国会議員に選んではなりません。

それが有権者の良識です。

 

有権者の良識が欠けていれば、良識を欠く政治家が国会議員に選出され、民のための政治をしなくなり、民の生活は苦しくなり、国は衰退します。

有権者は良識に基づいて、善い政治家を国会議員に選出する必要があります。

本章が示す良識は、そのような「有権者の良識」の典型です。

 

最後に、取り出した「論語の果実」を、行動を重視する孔子の意図を汲んで、「実践を強調した教訓として表現」し、「訳を意識した形式」でまとめます。

 

本章の教訓 国会議員を選ぶ心得:有権者の良識

 

政治に関心を持ち、政治家を見定めなさい。

 

見定めたなら、以下の政治家を国会議員に選んではなりません。

1. 信頼できない政治家

・言行が、良識を欠いたり、理に適っていなかったり、あるいは、言行不一致であるような政治家

2. 国費を国民の生活のために使うことを優先しない政治家

・国民の生活が苦しいときに、軍事費優先の予算を組む政治家

3. 税の負担を国民の生活に配慮せずに決める政治家

・国民の生活が苦しいときに、国民の負担が増す増税をする政治家

 

そうして、国民のための政治をする政治家を国会議員に選びなさい。

 

それが有権者の良識です。

 

今回はここまでです。